横浜市にあるふぐ料理のお店、「信濃屋」。
大正時代に創業の老舗です。
で、ズームアウトすると・・・
影絵!
まごうことなき、藤城先生の作品です!!
こちらはバックライトの無い、日中の様子。
この看板は影絵の原画ではなく、その模写だということが分かります。
絵の内容に目を移すと、
ビア樽を運ぶ馬車、特にその上で酔っ払う2人は、
こちらの1952年のものと瓜二つ。
また、同時期に作られたと言われる「居酒屋あるぷ」の作品にも、
上には乗っていないものの、酔っぱらい達と、
その横には酒樽を運ぶ馬車が描かれています。
一方、「信濃屋」の影絵の左側にいる酔いどれ2人は、
その向きが違うとはいえ、同じく1952年に飾られた「ピルゼン」の2人とそっくり。
どうやら「信濃屋」の絵柄は、1952年前後の作品の写しに間違いなさそうです。
しかも「信濃屋」看板は、模写とはいえその原画が未発見であることから、
とても貴重なものといえるでしょう。
ちなみに朝日麦酒(ビール)と先生の関係は古く、
更にさかのぼった1951年の同社年賀状にもすでに影絵が使われています。
つまりこれが印刷されたのはその前の年である、1950年。
なおこの年に、
初めての絵本「ぶどう酒びんのふしぎな旅」が、暮しの手帖社から出版されています。
このとき藤城先生、26歳。
ご参考までに、こちらは1953年の年賀状。
少なくとも3年間は、続けて先生の影絵が使われていたことになります。
また、1952年に朝日麦酒が発行した「ほろにが通信 7月号 №23」からは、
大阪のビアホールにも先生の影絵があったことが分かります。
しかも銀座の「ピルゼン」も、朝日麦酒の系列でした。
藤城先生とアサヒビールとの関係は、想像以上に深かったんですね。
話は戻って、
「信濃屋」はテレビ東京の「出没!アド街ック天国」でも紹介されるほどの有名店。
このときの映像、見たかったです~(涙)
「信濃屋」の貴重な看板、ぜひとも見に行かなければ!!
と思っていたのですが、
あろうことか、去年の改築で看板が消えてしまいました(汗)
居ても立ってもおられなくなりお電話してみたところ、
次の内容をお聞きすることができました。
・看板は保管してあり、いずれ何かの形で使いたいと思っている。
・絵柄は販促品のマグカップのものをそのまま使用して作った。
・制作した年は覚えていないが、昭和50年には看板はすでにあった。
・お客様に渡すマッチも、看板と同じ絵柄。
マッチ、気になります!
ぜひ1ついただきたいです(♡_♡)
マグカップは、今もあるのか聞き洩らしました。
もしあれば、ものすごくレアなもの!!
保管中の看板も、できることなら見てみたいですね。
これはやはり、ぜひぜひふぐを食べに行かなければ(^_-)-☆
というわけで、店舗のご案内です。
・・・このところ”大発見”が立て続けに3回あって、驚きの連続でした。
「二度あることは三度ある」などと言いますが、
三度あると、もっとあるのでは?!と思ってしまうのがファンのサガ(笑)
全国のどこかには、きっとまだ眠っているお宝があるに違いありません♡
なお末筆ながら、
今回の「信濃屋」情報は、総小判さんからいただきました。
いつも本当にどうもありがとうございますm(_ _)m
◆テレビ東京
:信濃屋
◆食べログ
:信濃屋
◆過去記事
:前祝いのお酒づくし^o^♪